救わないとみせかけやっぱり救う?①

教え

仏教には非常にややこしく回りくどい言い回しや表現が多くあります。

それらの曖昧さのため、浄土教1つをとっても浄土宗や浄土真宗、大谷派や本願寺派などのように様々な宗派へと枝分かれをする要因になってきました。

今回は多数あるややこしい表現の中で、特に浄土真宗に特異な解釈となったものの1つとして、「唯除の文」と呼ばれるものがあります。

たとい我、仏を得んに、十方衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。

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この文章は「浄土に入る条件」にあたる「第十八願の文」や「至心信楽の願」と様々な呼ばれているものです。この末尾の「もし生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。」とあるのが「唯除の文」になります。

この文全体では「心の底から浄土に行きたいと願って十回程度念仏を称えれば往生させよう」ということを阿弥陀仏が誓っている内容です。十回念仏すれば天国に行けるとは、ありがたいことですね。

それは結構なのですが、続いて「唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。」とあります。「除く」というのはなんだか不穏な響きがしますね。

お察しの通り、この第十八願文は最後の方に、「「五逆」の人と「正法を誹謗」する人は救いの対象ではない」と述べているのです。

「五逆」は五つのルールに背いた人を指し、「正法を誹謗」する人とは仏教の教えをけなした人を指します。浄土真宗は悪人正機を掲げる宗派ではありますが、これを見るとしっかり極悪人は除外しているということでしょうか。

ですが、それは全くの誤解であります。ミスリードというものです。

詳細については次回に説明いたします。

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