『歎異抄』のわかりやすい解説

歎異抄のわかりやすい解説 教え

今回から『歎異抄』(たんにしょう)についてのわかりやすい解説記事を書いていこうと思います。

『歎異抄』は、日本の宗教的な書物としてそれなりに有名な部類に該当します。

どのくらい有名なのかというと、日本を代表する哲学者である西田幾多郎や吉本隆明らに影響を与え、ドイツのハイデガーなども称賛したというエピソードがあるくらいです。

そんな『歎異抄』ですが、一体どうしてそれほど有名になったのでしょう?

『歎異抄』が有名になったのはいつ?

『歎異抄』は、親鸞聖人の弟子である唯円が親鸞の教えをわかりやすく伝えるために書いたものです。

1212年から1213年にかけて書かれたと言われているこのテキストは、浄土真宗の信者だけでなく多くの人々に影響を与えてきました。

そんな『歎異抄』ですが、誤解され易い内容からなのか本願寺8代目門首である蓮如上人によって禁書にされたという伝説があります。

浄土真宗の歴代の僧侶たちが『歎異抄』の解説書をこぞって著しているあたりから、完全に禁書にされたというわけではないとは思われますが、あまり民間の人々には伝わっていなかったようです。

民間の人々に伝わり始めたのは明治時代以降になってからだと言われています。

なぜ『歎異抄』は哲学者たちに影響を与えたのか?

『歎異抄』は、多くの哲学者たちに影響を与えたとされます。

なぜそのような影響力があるのでしょうか?

最も大きな理由は、人々が常日頃頭を悩ませている悪人の救済について語っていることでしょう。

『歎異抄』の第三条では親鸞が「善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」と述べたエピソードが記録されています。

「善人でさえ往生できるのなら、悪人が往生できないはずはない。」という意味ですが、なかなかのインパクトがある言葉ですよね。

このように、『歎異抄』には私たちの直観を裏切るような教えが多くありますので、哲学者たちの思考にインスピレーションを与えたのでしょう。

『歎異抄』が書かれた背景は?

『歎異抄』が書かれた時代、人々は浄土真宗の教えに対して様々な誤解や嘘を広め教義と信じる人々を貶めていました。

唯円は、そんな時代の中で、もう一度親鸞聖人が見出した教えの本当の意義を人々に伝えようと試みたのです。

『歎異抄』の序文の次の言葉は、著者唯円の強い思いが端的に表れている一文となっています。

竊かに愚案を回らして、ほぼ古今を勘うるに、先師口伝の真信に異なることを歎き、後学相続の疑惑有らんことを思うに、幸いに有縁の知識に依らずは、いかでか易行の一門に入ることを得んや。全く自見の覚悟をもって、他力の宗旨を乱ることなかれ。よって、故親鸞聖人御物語の趣、耳の底に留まるところ、いささかこれをしるす。ひとえに同心行者の不審を散ぜんがためなりと云々

唯円, 『歎異抄』

現代語訳に意訳すると、次のような文章になります。

ひそかに出来の悪い頭を回転させて、師親鸞が存命であった昔と、この本が書かれる今を粗々と比べてみると、師親鸞から直に聞いていた真の信心というものと異なる教えがはびこっていることを歎いています。後に浄土の教えに触れる人々の、学びの妨げになるのではないかという不安でいっぱいです。幸いに縁に恵まれて優れた師匠に出会うことができなければ、正しい念仏の教えによって救われることは不可能に近いでしょう。ですので、完全なる自分の思い込みや解釈によって、他力の教えを勝手気ままに説いてはなりません。よって、私は亡くなられた親鸞聖人が語られた言葉の趣旨を、耳の底に残っている教えのありのままを、少しばかりではありますがこの書に記しております。ただ、私と同じく阿弥陀仏への信心を抱く仲間たちの不審を解くためであります。

だからこそ、『歎異抄』は、当時の人々にとっても、今を生きる私たちにとっても、はっとさせられることの多い書物となっているんです。

『歎異抄』ってどんな内容?

『歎異抄』は、浄土真宗の深い教えを唯円自身が見聞きした人々の誤った考えについて批評するという立場で説いていきます。

たとえば、「お布施の多少によって死後に大きい仏になるか小さい仏になるか決まる」という勘違いなどです。

これは、誰もが抱きがちな勘違いです。

唯円はこのような誤解が生じた理由を考察した上で、それらがなぜ誤りであるのかを論理的に説明してくれています。

現代の私たちが読むメリットは?

現代社会は、情報過多であり孤独感を抱えやすい構造になっています。

『歎異抄』の「悪人正機」の教えは、自分を含む他人の不完全さを認め、ありのままでよいと受け入れることで、精神的な余裕を持つ手助けをしてくれます。

また、日本の文化遺産としての『歎異抄』に親しむことで、歴史や文化に対する知識が深まり、国や文化のアイデンティティについて考える機会になります。

そして、現代のライフスタイルに根差した新たな視点から古典を読むことは、文化的遺産に対する新しい評価を生み出すことにもつながります。

ストレスやプレッシャーが日常的になっている現代人にとって、精神的な平穏を見つけるヒントになるはずです!

『歎異抄』は難しい言葉が多いけど大丈夫?

それについては心配無用です!

確かに古い日本語や仏教用語が飛び交いますが、現在ネットには『歎異抄』の解説サイトがたくさんありますし、わかりやすく訳された本もあります。

大事なのは、その言葉が今のあなたの心にどう響くか。

言葉にとらわれず、著者の唯円が伝えたいことの本質を感じ取ってください。

まとめ

『歎異抄』を読んだ後は、ぜひ自分の心としっかり向き合ってみてください。

何か新しい発見や、日々の小さな悩みに対する答えが見つかるかもしれません。

そして、その気づきを大切にして、明日への一歩を軽やかに踏み出してみてはいかがでしょうか?

『歎異抄』は、長い時間を超えて現代の私たちにインスピレーションを与えてくれる、歴史的な書物です。

そのページをめくるたびに、心がふっと軽くなる感覚を味わえるはずです。

ちょっとした時間に、この古典の世界にふれてみて、日常の中に新しい光を見つけてみませんか?

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